リクレイム 評価の存在意義

◇Y日本人は自分という面をあまり表に出さないといわれますが、そのあたりはどうでしょうか。
日本人のある種の美徳みたいなものがじゃまをするのではないか。 もっと自分を表現することを知らないと、ベンチャーなど起こすのは難しい。
もともとベンチャーというのは自己責任と自己実現の産物ですからね。 ◇Kただしアメリカでも、政府の職員や公的な大学のフルタイムの教員だったらベンチャーはできません。
◇Yその場合、アメリカでは大学をやめてしまいますよね。 ◇Kやめます。

でも日本人はやめるかどうかを迫られると、官立大学の職は捨てたくない人が大半でしょう。 ◇Y一度外に出てしまうと日本では門が閉ざされて戻れませんからね。
◇K結局、日本人としてのライフスタイルというか、人生設計のゴールは何かという人生観の問題になってくると思うんですね。 日本人の人生観をいろいろ見てみると、私もどっぷりつかっているところもないわけではないんですが、「よそから見てどう思われるか」が非常に大事な価値観なんです。
西洋的な個人主義のところでは、神様を裏切らない限りは、自分の家族を中心にして、自分にとって何が幸せなのかみんな多様に追求している。 しかし日本はやはり村社会の価値観があって、そこからはずれている人はいじめられたり、2流だと言われる。
みんながそう思っていますが、なぜみんなそういう価値観でいたいのか。 最終的には何がしたいのか。
なぜずっと公務員でいたいと思うのか。 ずっとわからなかったんですが、よくよく考えて1つ思い当たるのは、ひょっとして生存者叙勲かなあと。
60歳過ぎると、70歳ころになったときにみんなそれをもらいたくなっているのではないかなあ(笑)。 そういう例をいくつも聞くでしょう。
◇Kアメリカと日本では、お医者さんになる道が違います。 アメリカは4年のカレッジを出てから、グラデュエートスクールとして4年間の医学部で医学を学ぶ。
もう1つの違いは、日本には医学博士という学位制度があること。 それは実質的には、「学位をあげるから」ということによって、教授が手足として医局員を使う正当な理由となっているわけです。
その結果、教授が「これをやれ」ということをやるだけのことも多い。 それで「研究した」といって学位を取るという構造です。

日本の学位制度のもとでは、お医者さんは90%以上が医学博士をもらおうという閉鎖的なギルドになっています。 それが従来の日本の医学研究を支えてきたのですが、実はあまり意味のない研究をたくさんやって、無駄なお金を使っているところがあるんです。
◇N医学博士の看板を取らないと患者が信用しないこともあるでしょう。 ◇Kだから、アメリカみたいに「大学4年十医学部4年」にして、卒業したら自動的に医学博士だと言ってしまえばいいんです。
学位制度がなくなれば、研究を本当にやりたい人はもちろんやります。 臨床主体にやりたい人は一生懸命臨床をやればいいんです。
◇NK先生自身が、日本の学位制度のいちばんのコアだったT大医学部第1内科を経験されているわけですから、いいところと悪いところをいちばん知っておられるわけですね。 ◇A一面、医局という日本的なシステムがあるために、日本では臨床系の教授は、質的に高い水準を持ったただ働きのポスドクとして医局員を使うことができる。
この構造をそれなりに使えば人的資源を動員できるので、物量作戦では研究面でもそれなりに欧米に対抗しうる構造にはなっていますね。 だから、これを日本的強みと考えて研究に取り込めば、それなりに成果をあげることができます。
そこが難しいところです。 新しい仕組みをつくらずに医局を完全になくして医局員が全然いなくなると、いまのままではおそらく研究のパワーが落ちるでしょう。
◇Kアメリカ型の競争型の研究をやらせるような研究費助成システムを日本政府がつくれば、いまの講座制をやめることで圧倒的にコスト効率はあがります。 ◇A今後の医療のあり方を議論するときに、日本の医者のあり方をどこまで厳しく見るかが重要です。
いまの医者養成システムは、個々人の意図を超えた官僚システムとまったく同じもので、T大法学部が霞が関につくったシステムを、医学部は大学の中につくったわけです。 しかも、医者はなりわいを自分で稼ぎ、その医者を教授が使うことができるので、非常に強い力を持つ。
こうした教授の力を中心に、周りの病院を天下りも含めて全部コントロールできるような形態をつくった。 これはアメリカの医療制度とは全然違うものです。
この構造はお医者さん以外にはきわめてわかりにくいので、問題の所在をはっきりさせたほうがいいと思います。 臨床の先生の中には、そういう構造の上に立って、きわめて快適な生活を送られている人もいます。

◇Y学位制度の廃止はTk大学でおやりになれそうな感じもしますが。 ◇K実際に文部省にも言っているんです。
医学部での学位制度を廃止すれば日本のライフサイエンスの基本的な構造ががらっと変わりますよ、と。 ◇Aこれは医者のシステムの問題だけではなく、日本のライフサイエンスの問題でもあると思う。
同時に、いまの構造を保守する限りは、医科学に理学博士号を持つ研究者が自由に入ってきて、医学博士号をもつ人と対等のパートナーとなる構造はできない。 必ず医者に使われる理学研究者とか、医者とそれに従属する製薬メーカーという旧態依然の構造が体質的にできてしまう。
先端的な医科学と治療開発のためには、この構造を打破し、新しい容れ物をつくらなければいけません。 ただし、旧来の構造は堅固を極めており、壊せといってもそのままでは壊れな◇Kそれがなかなか難しい。
このあいだもヨーロッパに行ってこの話をしたら、「あなたは日本にいるのに、なぜ日本のことをそう悪く言うのか」と言われたんですが、私はアメリカに15年いた。 日本に帰ってきてからも15年。
両方の国の大学で内科教授をして、臨床も教育も研究もやって、両方のシステムをよく知っているわけです。 ずっと日本にいた人は、向こうの研究室に2、3年いても日本からのへその緒が切れているわけではない。

日本の医局を見ながら向こうに行っているだけで、大部分は1つのラボにいるだけ。 ラボでの研究は、ボスの下で手足として使われているのがほとんどというのが実態で、頭を使って本当に独立しているわけではない。
A先生も私もそうですが、それが外から見てわかる。 日本人には当たり前でも、日本人が気がつかないことがたくさん見えるわけです。
◇N気がつかないのではなくて、知らないんでしょう。 ◇Kそれを私は「困った、困った」と言うのであって、日本を悪く言っているわけではない。
日本では99%の人は「なぜそんなこと言うんだ、うるさいな」と思っているかもしれませんが、早く直さないと次の世代の日本人が困る。 いろんなところで繰り返し言っているんですが、日本みたいに資源がない国では、どんな世の中になっても、資源は人間しかないのです。
だからグローバルな視点でものが見られ、考え、行動できる次の世代の日本人を一人でも多く育てたい。 だT大医学部の病院の独立法人化の論議でも、そこはあまり認識されていない。